いつもの日常。
変わらない風景。
その中で、只、立ち尽くす君を見た。
腕の中に小さな子犬を抱えながら。


+++++++浴室+++++++++++


昨夜から降り続く雨は川の水量を増加させ、
捨てられた子犬を飲み込んでいった。
打ち捨てられたその亡骸はもがき苦しんだのだろうか、
それとも楽に死ねたのだろうか。
今となっては想像の上に成り立つ空論にしかならないけれど。


千石は力なく俺の家の前で立ち尽くしていた。
土砂降りの雨の中で。
体調管理はスポーツ選手にしてみれば当たり前のことだ。
それを投げ捨てて千石は此処に来た。
スコップと線香を借りに。



「おい、シャワーぐらい浴びとけよ。」
そういって俺は、子犬を埋葬し、
スコップを返しに戻ってきた千石に
タオルやら着替えを放り投げた。
どれくらい雨に打たれていたのかは知るよしもなかったが、
千石の体はとても冷たくて、このままにしておけば、
間違いなく風邪を引くことになるだろう。
「あっくん、優し〜vvv」
クスクスと笑いながら、
手馴れたように風呂場へ向かう千石は、
笑っているくせに、酷く悲しい顔をしていた。




「やっぱり、亜久津ン家って落ち着く〜」
何故だか千石はシャワーを浴びた後も、
自分の家にも帰らず、俺のベットを占領していた。
「早く帰れ。」
「ヤダよ〜ん」
このやりとりが続くはずもなく、
俺は呆れながらTVのスイッチを押した。
大して面白い番組もなく、
画面ではコメンテーターが野球の試合結果を
熱く語るだけだったが。

「なんで野球とかサッカーばっかりTVでやるんだろ?
テニスってあんまりやらなくない?」
「やってても、オマエはどうせ見ないだろーが。」
「ええ〜、何言ってんの?見るよ、見てますよ。
もう、しっかり目に焼き付けてます〜」
「はっ、どうだか。」
「うわ、ムカツクそれ。」

こんな他愛も無いやりとりを沈黙という形で壊すのは、
いつもは俺だったのに、
今日は千石が力なく笑って何か考えこむみたいに、
ベットに突っ伏した。



そして、突然話し出す。
「俺ね、亜久津が死ぬ夢見ちゃった」



「はぁ?」
あまりにも唐突な千石の言葉に、
俺は咥えていた煙草を落とした。
「だ〜か〜ら、亜久津が死ぬ夢だって。しかも俺が殺すやつ。」
千石は枕を抱きながら、サラっと言う。

自分が殺されるなぞ、夢にしたって考えられないし、
しかも目の前にいるこいつが殺すのだというのだから、
尚更タチがわるい。
「はっ、最高じゃねーの。殺せるもんなら、殺してみろよ。」
千石に俺は殺せない。








「亜久津はなんか誰かと殴りあっててさー、
亜久津が勝ったかなーとか思ってたら後から来た奴に
銃で撃たれてさ、血が凄い出てきて、止まらなくて、
それでも亜久津は生きてんの。痛そうでさー、
そいで亜久津が俺に言うわけよ。『俺を殺せ』って。
どのみち助からないのは目に見えてたし、
其処らへんにあった銃でバーン!!」

銃で撃つ真似までしながら、
話し上手な千石は聞いてもいないのに身振り手振りで
俺の死んだシーンを再現してくれた。
はっきり云って胸クソ悪い。
「うっせーよ。なんでそんなに覚えてんだよ。
っとに、勝手に人を殺しやがって。」
「だって、言ったじゃん。『殺して』って。」
「言ってねーよ。てか、オマエに殺されんのはムカツク。」
煙草の灰を落としながら、俺は千石を睨んだ。
「俺だって亜久津を殺すのは嫌だよ。」
ぼそっと呟かれた言葉は悲しみを帯びていて、
これ以上触れようとはしなかった。



「ねぇ、亜久津。」
千石が上目使いに話し掛けてくる。
これは奴が何か頼むときに良く使う手口だ。
「もし俺が死にそうだったらオマエが殺してね。
他の誰にも見せないで、海に放り込んで。」
そうしたら、一生お前の心に残るでしょ?と千石は笑った。
「俺に犯罪者になれってか?」
「最高でしょ?」
「はっ、冗談じゃねー。誰がお前なんか殺すかよ。」
俺は被りを振り、飲み物を取り出すために
立ち上がろうとしたが、千石が腕を掴んで邪魔をする。
「殺してよ。亜久津にしか頼めない。」
真剣に言うことか、それは。
「頼むんじゃねーよ、そんなことは。」
「ヤダ、殺して。」
『殺して』なんて連発する千石にため息をつく。
きっと俺が承諾するまでコイツはずっと言いつづけるのだろう。
「判ったよ、やりゃいいんだろ?
死にそうだったらな。 セメントで固めて、
日本海にぶっこんでやる。」
「それ、死にかけじゃなくて亜久津が殺してんじゃん。」
クスクス笑う千石は、なんだか嬉しそうだった。
そんなに俺に殺されたいか?
「俺はお前に殺されたくないからな。」
俺の言葉は千石の耳には届かなかった。


あの子犬はどんな思いで死んだのだろう。
薄れてゆく意識の中で、
求めていたのは只の安らぎだったはずなのに。






END


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後書き
「浴室」は椎名林檎嬢のセカンドアルバム
の中からモチーフとして戴きました。
2002/09/22