別れてなんてあげない。忘れさせてなんてあげない。だから、俺のこと置いてかないで。俺を離さないでいてよ。


<カンチガイの海>



それは、部活の仲間たちと一緒に一足早い桜を見に行ったときのこと。壇くんに連れられて、亜久津が焼酎を土産に持って来たのには驚いたよ。しかも真顔で「酒のない花見なんてあるか」って飲み始めてさ。イヤイヤ俺ら未成年じゃん?なんて突っ込みつつも、結局皆で飲んで騒いで楽しんで。あの南でさえ、「この桜に全国制覇の誓いをするぞ!」なんて派手なこと云ったりして。皆、新しい季節が待ち遠しいって顔してた。勿論、中学時代だって凄く楽しかったけれど、今まで以上に楽しいことが待っているんじゃないかっていう期待、みたいなものが渦巻いている感じだった。

でも、俺としては凄く不安だった。そりゃ、高校生になるって事実を覆すことも出来ないし、期待も十分にある。今までとは違う環境になる訳だし、もっとレベルの高いテニスプレイヤーと闘えるかもしれないってワクワクする。学校だってエスカレーター式だから、気の合う友人と離れ離れになることだってないしさ。だけど、そうやって高校生になってしまえば、その場所に最愛の君は居ないのだ。

一年も経てば君も持ち上がり組として入学してくることはわかってるのに。その一年が待てないし、もしその一年で君の気持ちが変わってしまったら?なんて怯えるんだ。ほんと、俺らしくもない。君が俺のことを選んでくれたことに、誰よりも驚いているのは俺なんだと思うよ。俺はいつも自信満々で、君よりも経験豊富なお兄さんを演じているけど、君に対して一番臆病な人間なんだと思う。それくらい、君の存在は大きくて。中学最後の進学が掛かってるテストで、これを白紙で出せばまた中学生やれるかな?なんて思ったりもしたんだ。そうしたら君と同じ学年になって、ずっと君と居られるなぁなんて。本気で思ったんだ。バカみたいに。君のことを本気で思っているんだ。

だからさ、酒に酔った勢いにかまけて君を家に招き寄せて。ラッキーなことに家には誰もいなくって。二人きりでテレビを見て入ればいきなりのラブシーンに、こう、ドキドキとかムラムラとかしてしまうのは健全なる青少年として当然の行為だと思うんだ。しかも隣には、大好きな君がいる訳だよ。そりゃもう、肩を抱き寄せるしかあるまい。ここで誘わないだなんて男が廃るというものだし。君と俺とは、部活公認の仲なんだし。なのに、

「千石さん、卒業おめでとうございます」

ふいに君がそういったのは、別れを告げるための前置きかと思ったんだ。だって、卒業式は一ヶ月くらい前に終ってるし、どちらかといえば今の時期なら進学を祝うものじゃない。それに、「卒業」って切ない響きだよね。取り残されるような、立ち去っていくような、なんだか冷たい感じ。正直、あまり好きじゃない部類の言葉だ。ちなみに俺の好きな言葉は「濡れ手に粟」と「両手に花」ね。ウソウソ、冗談です。本当は「笑う門には福来たる」とかかな。まぁ、俺の好きな言葉はいいとして、君のその、「卒業」という言葉だよ。何で今更、そんなことを云うのか、俺には全然理解出来なかったんだ。

「・・・ありがとう?」
「これで一年は千石さんの背中を追うこともないですね」

そうやって、口角をあげてニヤリと笑う。そのクールな表情も君の好きなところだ。なのに今日はそれがなんだか怖い。チャームポイントであるサングラスを外しているというのに、君の表情を読むことはできない。きっと飲みすぎたんだと思う。悪い考えしか浮かばない。君が俺に別れを告げるのではないかと深い闇の中に俺を引きづり込む。君が、俺のことなんか簡単に忘れて、他の誰かに微笑むだなんて想像、したくないのに。今、俺の頭の中では、鳴り止まないサイレンが頭の中を廻って、廻って、廻って。

「・・・俺、別れないからね」
「は?」
「絶対、忘れさせてなんてあげない!!」

なんて女々しい行為かと、人に話したら笑われるかもしれない。だけど、体勢的には俺は室町君に馬乗りになって、離れないように羽交い絞めにして、「嫌だ」と駄々をこねている。見方によっては、なんだかシュールな光景かもしれない。室町くんとの「離してください」「嫌だ」の押収は暫く続いて、室町くんが先に降参した。ふはは、これで、室町くんは俺のものだ。

「誰があんたのものですか」
「室町くんが俺のものなの!前世から決まってんの!」
「あーハイハイ」
「何その適当な返事っ!室町くんは俺のもので、俺は室町くんのなの!」
「・・・暑苦しい(ぼそ)」
「俺の愛がー。俺の純情がー」
「誰にでも配れるような安い愛じゃないですか」
「そんなことないよ!」

俺は恋多き少年だけど、君に会ってからは君一筋なんだ。そりゃあ、可愛い女の子が沢山居たらちょっと嬉しくなるよ。だけど、君さえ居ればどんな女の子だって目に入らない。君のためなら火の中、水の中。なんでも出来そうな気がしてくる。きっと君が応援してくれるなら勇気百倍、アンパンマンにだって勝てると思う。でも、アイツ飛べるし、パンチ繰り出すし、ちょっと不利かな。氷帝の向日くんくらい飛べれば勝てるかも・・・・。

「正義の味方に勝ってどうするんですか」
「えー?顔を食べるとか・・・」
「おなかがすいてるなら普通にくれると思いますけど」

こんなしょうもないやり取りも、もうすぐ出来なくなってしまうのだと思うと、絶対に手放したくなくなってしまう。二年しか一緒に居なかったのに。一年ですら待ち遠しい。君と離れたくない。離れたくないんだ。

「室町くんは、千石清純を生涯愛することを誓いますかー?」
「突然なんですか、それ」
「いいから!誓うの?誓うでしょ?誓うよね?誓え!」
「脅しじゃないですか」
「俺は、室町十次を生涯愛することを誓いまーす」

困惑気味の室町くんを無視して、一方的な誓いのキスを。嫌がらないのは肯定の証と受け取っておくことにしよう。神様も仏様も見ていないけれど、二人が居ればそれでいいじゃないか。それに、見られていたとしたら恥ずかしがって何もさせてくれないだろうから。ベッドになだれ込んで、心地よい熱に浮かされる。春のまだ冷たい空気がすっと肌に馴染むように。君を強く抱きしめる。もしも、君が離れるなら、俺がその跡をついていく。何処までだって追いかける。君が嫌がったって、俺は君がいなきゃ駄目なんだ。君がいいんだ。君が好きなんだ。愛って、恋って、きっと突き詰めればこういうことに集約されるはずだから。

******


何時の間にか日が落ちて、夜の静けさがあたりに散らばっている。隣にいるのは、当たり前のように最愛の君。サラサラの黒髪をそっと撫ぜれば、心の中に暖かさがこみ上げてくる。そういえば、どうして「卒業おめでとう」だなんて室町くんは言ったのだろう。事の真相を尋ねる。もしかしたら、本当に破局の危機だったりして・・・?なんて頭の隅に過ぎったけれども、確かめずには居られない。だって、気になるんだ。君のことは全部。

「『卒業おめでとう』の意味?そのまんまですよ」
「だから、どういう意味なの?」
「あれだけの悪事をしておきながら、よく千石さんが卒業できたなと思って」

がっくり。なんだ、そういう意味だったの?俺はてっきり、「別れましょう」って意味なんじゃないかと一人でビクビクしてたんだ。それで必死に先回りして、君が俺ナシじゃいられないようにしてしまおうかなんて変な策を練ったりして。結局、俺は君のことを信じきれてなかったんだな。君だって俺のこと、こんなにも思ってくれているのにさ。

「まだまだ精進が足りないな・・・」

ぼそりと呟いた言葉は君には聞こえなかったかもしれないけれど。これからますます、君のことを好きでいるから。君が俺をもっと好きになってくれるように、精一杯の努力を誓うよ。



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2006/3/12 結城はじめ