ふたりのかんけい
| 「ただいまー」 「おじゃまします」 誰もいない家に、律儀にあいさつする声が響き渡る。 表札には「犬飼」とある。 ここは、犬飼家。 犬飼冥が、学校帰りに同級生である辰羅川信二を 連れて帰ってきたのだった。 「すみませんね、犬飼くん。いつも寄らせていただいてしまって」 辰羅川が申し訳なさそうにそう言い出した。 「別に…。構わない」 無愛想に犬飼が返事をする。 本当はうれしいのだが、犬飼は自分の感情を言い表すことが あまりうまくないのでその程度の言葉しか言えない。 もっとも、付き合いが長い辰羅川もそれがよくわかっているから、 表情と声音から本当 に迷惑をかけていないことを読み取る。 「たぶん麦茶冷えてるから。持ってくから待ってろ」 「では私はトリアエズと遊ばせていただくことにしましょうか」 辰羅川は荷物を置くと、 うれしそうにいそいそと庭へ出ていってしまった。 その後ろ姿を見送り、犬飼は少しだけ寂しくなる。 辰羅川が自分の家に来るのは、 別に麦茶やお菓子やくつろぎ空間が目当てなわけでも、 ましてや自分が目当てなわけでもない。 もちろん、そのあたりの要員は複雑に絡み合っているのだろうけど、 今の辰羅川の一番 のお目当てが何かは犬飼もよくわかっていた。 それが、自分の家の飼い犬・トリアエズだ。 飼い始めて六年になるゴールデンレトリバーのトリアエズは、 かわいさ最高潮。 トリアエズがこの家に来たときから 辰羅川もいっしょにトリアエズに関わってきた。 いっしょに散歩にも行くし、手入れもする。 最初は興味がなかった様子だったが、 だんだんと情が移ってきたらしい。 今では、飲み物も食べ物も、そして自分のことすらさておいて 真っ先に飛んでいくという有り様だ。 ――そりゃあオレだってトリアエズのことが好きだけど。 でも、と思う。 ――嫉妬すんぞ…。 犬飼は辰羅川のことが好きだ。 友人としてではなく、もう少し別の意味で。 今すぐ友人関係を脱してそういう関係になりたいとまで 思い詰めているわけではないが、 いつかは…と虎視眈々と狙っている。 ほかの奴に取られるよりはずっとましだが、 飼い犬に取られるのもそれはそれで…と思って気にしている。 犬飼は麦茶とお菓子を用意すると、 あわてて辰羅川のあとを追って庭に出た。 庭では、辰羅川とトリアエズが楽しそうにじゃれあっている。 その辰羅川の顔があまりに幸せそうで、 犬飼はずきんと心が痛んだ。 ――オレ…何トリアエズにやきもち焼いてんだよ…。 思いを断ち切るかのように、首を振る。 犬飼の気配を察し、 トリアエズが辰羅川のもとを離れて犬飼のほうにやってきた。 かしこいトリアエズは、主人が誰かよくわかっているのだ。 「おや、犬飼くん」 トリアエズを取り上げられた形になってしまった辰羅川が、 名残惜しそうに立ち上がった。 そして犬飼に近付いてくる。 ――オレじゃなくて、 トリアエズに用があるってのがまたなんとも…。 こちらまで歩み寄ってきてまたトリアエズを よしよしとやり始めた辰羅川に、犬飼は苦笑した。 「辰…おまえトリアエズといるときはホント幸せそうだよな…」 「ええ。トリアエズはかわいいですからね」 にっこり笑って辰羅川がそう答えた。 「また肉球がたまらないですよね」 こぼれそうな満面の笑みに、犬飼の胸はまた痛む。 「おまえさ…」 「なんですか?」 「オレのことよく仏頂面だとか少しは笑えとか言うけどさ、 おまえだってよそじゃポーカーフェイスじゃねーか」 犬飼の意図するところがわからず、辰羅川は首を傾げる。 「おまえだってあんまり笑わないよな」 「そうですか?」 やはり意味がわからない辰羅川は、そう聞き返す。 その態度に、犬飼はもどかしさを覚える。 どうしてこういうときは自分の意図を汲んでくれないのだろう。 ほかのときならば、言わなくても通じるくらい 辰羅川は自分のことをよくわかってくれているのに。 自分の辰羅川への想いという一点だけにおいて、 辰羅川は鈍感らしかった。 というより、まさか犬飼が友情よりも むしろ恋愛感情に近いものを抱いているとは思ってもいないと 言ったほうが近いのかもしれない。 「……トリアエズ相手には笑顔を向けるのな…」 思い切って、そう言ってみた。 「…もしかして犬飼くん、嫉妬してらっしゃるのですか?」 辰羅川にズバリと指摘され、犬飼はあわてる。 この想いに気付かれてしまったのだろうか。 まだ打ち明ける勇気はない。 だが辰羅川はそういう意味で言ったのではないらしかった。 「ふふっ、心配性なのですね、犬飼くん。大丈夫ですよ、 いくらかわいいといっても 君のトリアエズをさらっていったりはしませんから。 ご安心ください」 その返答に、犬飼はずるっと崩れそうになった。 どうやらとことんかんちがいしているようだ。 「そうじゃなくて!その…アレだ、 おまえは他人相手には笑顔を向けないのかって……」 はっきり言いたかったのだが、結局言えず、 中途半端になってしまう。 「……? ああ、人に愛想よくしろと言う前に 自分のことをどうにかしろとおっしゃるのですね? 自分ではそうしていたつもりでしたが、 君の目から見たらそうではなかったようで。 ご指摘ありがとうございます。 今後気をつけますから」 かなりはずれた発言に、犬飼は脱力感を覚える。 「…ほかの奴には笑わなくていい」 「……? また君は理不尽な注文を」 辰羅川はまたか、という表情をする。 自分の気持ちをうまく伝えることのできない犬飼は、 いつも無茶な注文をつけて辰羅川を困らせてきた。 それで気付かない辰羅川も辰羅川だ。 「…笑うのは、オレといるときだけでいいから」 意を決して、犬飼はとうとうそこまで言った。 ここまで言ってそれでもボケ倒すのならば、 それはそれで仕方ない。 「オレだけに笑顔を見せてくれ」 ダメ押しにそう付け加える。 言い出してしまったのならば、いっそそこまで。 辰羅川は、突然のその言葉に一瞬たじろぐ。 そして少し考え、やっと口を開いた。 「君は独占欲が強いのですね。 私の笑顔なぞでよろしければいくらでも差し上げますが」 いまいち飲み込めていないらしい辰羅川に、 犬飼は惜しいとくやしがる。 それでも、少しは何か伝えることができたのかもしれない。 「でも…うれしいですよ」 辰羅川がそう口に出したので、犬飼は思わず期待した。 「君はトリアエズのことと同じように、 私のことも身内だと思ってくださっているのですね」 そのセリフに、今度こそ犬飼はへたりこみそうになった。 「…当たり前だろ。今さら何言ってんだよ……」 あきれて物も言えないというのはまさにこのことだろう。 「そうですか? でも本当ですよ、 君はなかなかそういうことを表に出してくれませんから…。 言葉に出さないと伝わらないこともありますからね」 にっこりと辰羅川にほほえみかけられ、 犬飼は思わずどきっとする。 他人に向けられた笑みは腹立たしいが、 自分に正面切って向けられると何か照れくさい。 「…やっぱり笑わなくていい……」 「…ハイ? 今日の犬飼くんはおかしいですね。 笑えと言ったり笑うなと言ったり。 いったい私はどうすれば…」 辰羅川が首を傾げる。 犬飼が照れていることには どうやらまったく気付いていないらしい。 「いいから! 忘れろ…」 焦ってそう言ったのを、 辰羅川は理不尽なことを言ってしまったことに 反省しての態度 だと思い込んだようだ。 「はいはい、わかりました。…まったく、 あなたのご主人さまは困った人のようですよ」 トリアエズに向けてそう言ったことに、また嫉妬を覚える。 「だから、笑うなって…!」 またしても犬飼の理不尽エンドレス攻撃を浴び、 辰羅川はふぅとためいきをひとつつく。 犬飼の扱いにはいつも手を焼く。 でも、世話がかかるからこそその分愛着もひとしお。 ――犬飼くんも犬みたいなものなんですけどね。 ご本人は気付いてらっしゃらないのでしょうね。 くすっと笑って、さっきから理不尽攻撃を繰り返す犬飼を眺める。 トリアエズは、そんな二人に向かって愛想よく尻尾を振り続けた。 二人+一匹の関係を一番よく知っているのは、 犬のトリアエズだったらしい。 ++++++++++++++++++++++++ ふぉーちゅん☆はんたーの管理人、 大津なみサマのコメント↓ 10000HITキリリクということで、 キリ番を踏み踏みしてくださった 結城要さまに捧げさせていただいた犬辰話でございます〜。 といっても…こんなかんじのアレですみませんm(_ _)m ラブラブご所望とのことだったのですが、 これはなんといいますかラブラブどころではなく甘々にも程遠く ほのぼの以下というかなんというか(>_<) あまりご希望にそえなくてすみませんでした……。 ででで、でわ、書き逃げすることにします…(こそこそ) +++++++++++++++++++++++ <結城コメント> キャァ!!どうしましょう。 こんな素敵な犬辰小説を戴いてしまいましたよ? 辰が、辰が天然ちゃんで可愛いYO〜!!! 思わず鼻血が出そうです。 犬飼さんがひとりで嫉妬してんの カーワーイーイー!!!!!!!! へたれ犬万歳!!!!!へたれ最高潮!!!!! ああ、とりあえず、トリアエズになりてぇ!!!!!!! (判り辛いな・・・・・。) そして二人がいちゃいちゃしている所を観察したいです。 10000ヒットを踏んだ、あたしの強運に自ら感謝。 そして、素晴らしい犬辰を書いてくださった、 大津サマ、本っ当に有難う御座いました。 宝物として崇めさせていただきます。 |