灰色の、湿気を含んだ雲が連れてきた雨はしとしとと降りつづけて、昨日までの暖かい空気を冷やしていく。窓もぴっちり閉めているはずなのに、どこか肌寒さを感じて、俺は毛布にくるまりながら、ぼんやりと昨日のことを考えた。 窓の外で風に揺れる桜のつぼみも、雨が降るなんて思いもしなかっただろう。あんなに凛と上を向いていたのに。今にも咲きほころぶ姿が目に浮かんだのに。しゅんと頭をたれてまだ見ぬときをじっと待っている。 君の隣 昨日は、氷帝学園の卒業式だった。俺は氷帝の生徒じゃないから中には入れなかったけど、跡部率いるテニス部の人たちが校門から出てきたとき、周りにいた大勢の人々(きっとテニス部の後輩やファンクラブの人たちなんだろう)は拍手で彼らを見送っていた。全国大会に出場しなくたって、彼らはいつも堂々としていたし、その王者たる精神は衰えることはなかった。その彼らをまとめる跡部が大勢の人々にさよならを云った。もう、ここは自分たちの居場所ではないと。そして新しい居場所があると。 跡部のその一言が心に酷く突き刺さった。学校の違いもさることながら、テニス、という共通点以外は何も持たなかったことが悔やまれた。もっと何か結びつけるようなものがあればいいのにと思った。そうやって暫し見つめていると、校門の隅に居た俺は忍足さんによって発見されてしまうのだが、なんだか無性に腹だたしくなって、リズムをあげて帰ってきた。 やってきたのは小さな公園だった。俺は公園のベンチに腰をおろす。周りは桜の木が立ち並び、春には一面ピンク色で埋め尽くされるのだろう。この桜が咲いてしまえば、跡部は手が届かない場所に行ってしまうのか。自分のことなど忘れてしまうのか。悔しい。何故か悔しいと思った。誰でも別れは「悲しい」とか「辛い」ものである。だから涙を流したりするのは仕方がないだろう。けれど、今、自分が流している涙の訳は悔しさだった。跡部を引き止めて置くことの出来ない、あまりにも無情すぎる、このどうにも出来ない感情に腹が立つのである。 「何泣いてんだバカアキラ」 「泣いてない」 「泣いてるじゃねーか、あーん?」 「これは汗だ」 「・・・・まったく」 何時の間にか追いかけてきた跡部が俺の隣に座る。胸には卒業式用の生花が付けられており、走った振動で何枚か花びらが取れていた。目線をやると外して俺の髪に挿した。 「何だよ」 「似合わねぇな」 「煩い」 「泣くなよ」 「・・・泣いてねぇ」 跡部のための涙など流したくなくて。悟られたくなくてうつむいた。居なくなることの恐怖なら、毎年行われる儀式に過ぎない。どうせ来年は送られる側だ。寂しい訳じゃない。悲しい訳じゃない。ふと顔をあげると跡部の顔が近かった。目じりに熱いものが触れた。 「!」 「・・・帰るぞ」 「ちょ、なんだよ、離せって」 「いいから来い」 無理やりに連れまわされて、たどり着いたのはドでかいマンションだった。エスカレーターであがっていく。二階、三階、四階・・・・・。最上階ではないものの、相当見晴らしはよさそうだ。促されるままについていく。跡部に掴まれた手が熱い。少し歩いてから跡部が立ち止まる。一つのマンション。一体、何処へ連れて行かれるのか。 「ここだ」 「・・・・・?」 「おい、手ぇ出せ」 素直に出した手に落とされたものは一つの鍵。 「寂しくなったらここに来ればいい」 「・・・・ここは?」 「俺様の新しい家だ」 羨ましいことに跡部は高校生になってから親元を離れて氷帝学園に近いこのマンションで一人暮らしをするらしい。自炊なんて出来るのかと尋ねたら俺様に不可能はないと云われた。それでも橘さんには適わないだろうと云ったら、今度作ってくれる事になった。今は材料がないとのこと。きっと今出来なくても特訓次第で何でも作れるようになってしまうのだろう。跡部景吾はそういう男だった。俺はそんな跡部が好きだった。 出されたインスタントコーヒーを飲んでいると跡部がポツリと云った。 「お前は絶対手放さない」 それは自信家で自分勝手な跡部の精一杯な口説き文句。俺は犬猫かよと苦笑しつつも嫌じゃなかった。捨てられることを恐れて、逃げ出すような俺には鎖でもつけておけばいい。跡部から貰った鍵をチェーンに通して首に掛けた。目印を。安心感を。これだけじゃ足りないから、もっと、もっと俺に証明してみせてよ。俺が跡部のものだって分かるように。 この雨がやんだら、跡部に会いに行こう。二人でスーパーに行って、野菜を買って来よう。桜が咲いたら、お花見をしよう。君が何処に行ってもついていくよ。だって、君の居場所の隣にはいつも、俺が居座る予定だから。窓越しに小雨になってきた雨を見ながら、跡部に電話を入れたある午後のこと。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 2004/3/28 結城 |