「雨、やまないッスね。どうぞ」

手渡されたタオルに小さく礼を云って、薫は濡れた髪を拭いた。
ふわりと、石鹸の香りがする。
湯上りに丈の少し長い甚平が良く似合っていた。
外をみると、ザーザーと音をたて、まるでバケツをひっくり返したような、
と形容するのがふさわしい大雨が降っていた。
買い逃した雑誌を借りるために彼と共に校門を出たところまでは晴れていたのだが、
家の近くまで来た頃に運悪く夕立にあったのだった。
全身ずぶ濡れになった彼らは、風呂場へと強制的に連行されたのである。

「雑誌、棚にあるんで適当に探しておいてください」

そういって後輩は風呂場へと向かって、薫は彼の部屋に一人残されたのだった。
何度か遊びにきているため、慣れた手つきで本棚から目当ての雑誌を抜きとる。
そしてベッドにもたれ、ふと目線をおろすと、そこには数冊の分厚い本が積まれていた。
勝手に見ては悪いとも思ったが、タイトルくらいならと手にとってみる。
そのタイトルは・・・・・



かたつむり的生活


リョーマが風呂から帰ってくると、
薫はさっと手にもっていた本を積み上げられていた山に戻した。
しかし、目ざとい彼がそれを見逃すはずもなく、不敵に笑ったのだった。

「ねぇ、カタツムリって冬の間どうしてるか知ってる?」

軽いデジャヴ。以前にも聞かれたことのある質問に、
自分がどの本を読んでいたのかがバレたことを知る。
数冊の分厚い本、それはカタツムリの生態についてのものだった。

「冬眠してんだろ」
「じゃあ、今は?」
「・・・・」


カタツムリの1年間の生活は、冬眠→めざめ→交尾→産卵→幼貝→成長、
と四季の変化に応じた生活をしている。
梅雨の時期は彼らがもっとも盛んに活動する時期だ。猫でいう「発情期」に近い。

「親父に聞いたら買ってきたんだよね」

と、山積みになった本を見やり、薫にジュースの缶を手渡してから自分もプルタブを開ける。
炭酸飲料独特のパチパチとした弾ける音が、しとしとと降り注ぐ雨と重なった。

「カタツムリって雌雄同体なんだって」
「・・・そうか」
「ねぇ先輩、キスしていい?」

何の脈絡もなく紡がれる言葉と、唇に触れた柔らかな感触。
抵抗する間を与えぬかのように口内を侵す舌先。
決して力の差では不利になることはないはずなのに、何故か振りほどけぬ細い腕。
倒れるようにベッドになだれ込み、彼は笑う。
薫は、彼のその笑みに逆らえぬまま、痺れるほどの快楽に溺れた。


「あ、先輩晴れましたよ」

外をみると、先ほどまであんなに酷かった雨が上がっていた。
清涼とした空気は気持ちがいい。
雨は空気をキレイにしてくれると教えてくれたのは父だったか。
そんなことを思いながらも、薫は思うように動けなくなった体と、
体のあちらこちらに残る花のような模様を一瞥したあと、睨むように彼を見た。

「・・・動けねぇ」
「泊まってけば?もう夜遅いし」
「確信犯だろーが」
「まぁね」

あんな格好されて我慢できる訳ないじゃんと、悪びれた様子もなく、
彼の母親に宿泊の許可を得る。
薫は乱された服を直し、自宅へと連絡を入れた。
流されて、流されて。彼に翻弄される毎日が好きになっていく。
共有していく時間が、知識が、距離が愛しい。

「俺はかたつむりじゃないから、冬の間もよろしく」

額に降ってきたキスを受け止めながら、しょうがねぇなと呟く熱帯夜。

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2005/7/9

<あとがきという名の言い訳>
去年書いたリョ海SS「雨降り、紫陽花」を久々に読んだら続きが書きたくなってしまい、
かたつむりについての疑問が解決してなかったなーと思って書き上げました。2時間強。
レポートも終ってないのに。現実逃避だけは一人前です。
かたつむりは梅雨の間はお盛んですが、冬は冬眠してるんですね。
だけど、リョマは冬眠なんてしないで冬でも盛るぞ、というのを書きたくて。
この子達のことを親御さんたちはどう思ってるんでしょうかね。
きっと菜々子さんは隣の部屋で耳をそばだてているはず。羨ましいこと限りなし。