はじまりは突然のスコールのように。
約束のない明日が僕らを待ってる。


SQUALL


半年前のある日、
天気予報が大きく外れて
晴天の空が一面の曇り空に変わった。
それから雲は大粒の涙を流し、
部活は中断、解散となった。

「ちっ、ついてねーな。行くぞ、樺地。」
「ウス。」
「あっ、芥川先輩、早く非難しないと!!
 滝先輩そっち持ってください。」
「ったくまた寝てんのかよ。」
「宍戸も手伝ってよ。」
「ぐぅ〜。」
「なんや、慈郎は雨の中でも寝れるんか。
 器用なやっちゃなぁ。」

雨の中でも目立つレギュラーたち。
いつか、自分もあんな風に。
それは俺の目標であり、
氷帝学園テニス部全員の願いだろう。
土砂降りの雨の中、
雑用をするのは非レギュラーの仕事だ。
ネットを片付け、ボールをしまい、
皆それぞれに着替え、帰っていく。
しかし、突然の雨で傘を持ってきていなかった俺は、
雨が小ぶりになるのをじっと待っていたのだった。


「あれ?日吉じゃん。」
「・・・向日先輩。」

そこにいたのはダブルス専門で、
アクロバティックなプレイを得意とする向日先輩だった。

「お前、傘ないのか?」
「あ、はい。」

けれども、突然のスコールだ。
少し待ってさえいれば、きっとすぐやむだろう。

「じゃぁ、これ使えよ。」

差し出された傘を受け取るべきか少々悩む。

「遠慮すんなって。」

躊躇いを遠慮と捉えられ、にかっと笑われた。
借りるしかないみたいだ。

「でも、向日先輩は?」

俺の手に握られてる傘以外に予備があるとは思えない。
誰かと一緒に帰る予定でもあるのだろうか。
その誰かに思い当たる人物をあげてみると、
なんだか胸が痛んだ。

「あー、そうだった。お前ん家どっち方面?」
「駅の方ですが。」

自分の事は考えてなかったのか。
それがこの人らしいのだと少し笑う。

「じゃ、途中まで一緒に帰ろうぜ。」

嫌だとも、いいとも言えず、
半ば強引に一緒に帰ることになった。



「今年は絶対全国に行くんだ。」

湿度の高い雨の中、
向日先輩は独り言のようにそう言った。

「行けると、思います。」

社交辞令でもなんでもなく、俺は言った。
そのメンバーに自分が含まれていることを願いながら。

「だよな、行けると思うんだ。」

嬉しそうに向日先輩が笑う。
この人はよく笑う人だ。
喜怒哀楽がはっきりしていて、分かりやすくて、
多分、レギュラーの中で一番慕われていると思う。
けれど。


「俺と侑士を倒せる奴はいないって。」

忍足侑士。
氷帝の天才と呼ばれる、向日先輩のダブルスパートナー。
きっと彼はシングルスの方もいけるのだろう。
それを、ダブルスにこだわるのは。


「先輩、」
「ん、なんだよ?」
「・・・いえ、いいです。大したことじゃありませんから。」
「えー、気になるじゃん。言ってみそ。」

別に大したことではないのだ。

「忍足先輩と、ダブルスを組んだきっかけってなんですか?」

そんな些細なことは。


「えーっと確か、侑士がやらないかって言ってきたんだっけ?」

そんなに昔のことではないとは思うが、
疑問形で答えられても俺にはどうしようもない。

「何、日吉もダブルスやりたいのか?」
「まぁ、興味はあります。」

貴方に、と心の中で付け足しておこう。

「じゃあ、今度試合しよーぜ。」

嬉しそうに、楽しそうに笑う。
その奥には何の意味もこめられてはいない。
ただ、そのままに。



「あ、俺の家此処ですから。」

家が近づいてくるのが惜しくなる。
もっとこの人と話していたかった。

「上がっていきませんか?」

すぐにやむと思っていた雨は途中から勢いを増し、
二人とも濡れていたから。
精一杯の勇気を振り絞って。
やましい気持ちなど、ない。
ただ、帰したくなくて。

「悪ぃ。今日、予定あるから。」
「・・・そうですか。」

その予定はあの人に関係することなのだろうか?

「また明日な。・・・あ、日吉は甘いもん好きか?」
「え、」
「今度の日曜日、ケーキのバイキングに行くんだけど
 一緒に行かね?」
「誰が、来るんですか?」

甘いものが好きな男子中学生はあまりいないと思う。
それに、あの人が来るのなら。

「まだ誰も誘ってないからな〜、来るとしたら鳳くらいか?」

皆あんまり甘いもん好きじゃないからな〜。美味いのに。
と、不思議そうに首をひねる。
その仕草が妙に可愛らしくて、俺はつい、はいと答えてしまった。


「それじゃあ、また明日な。」
「はい、気をつけて。」



まだパラパラと雨が降る中、先輩は帰っていった。
多分、家につく頃には雨はやんで青空が広がっているのだろう。
俺には野望がある。
必ず氷帝レギュラーになること。全国大会に行くこと。
そして、向日先輩を手に入れる。
天才・忍足なんて蹴散らして、必ず。
1年のブランクなんて気にしないことにした。
まだ、望みがないわけでもない。
下克上。
この空に誓って必ず、掴みとってみせるから。

いつだって突然のスコールをまってる。
降り注ぐ出来事は煌きだけじゃない。





end



2002/11/10