それは六月のある雨の日のこと。
「ねぇ」
背後から自分に向けて発せられた声に振り向く。
雨降り、
紫陽花
「傘、入れていって欲しいんだけど」
「それが人にモノを頼む態度か」
「・・・お願いします、海堂先輩」
にっ、と不遜な笑みを浮かべてするりと自分の横に滑り込む。
まだ何も云っていないというのに、当たり前のようにここに来る。
まるで猫のように。ワガママで気まぐれでつかみ所がなくて。
「朝晴れてたから油断してたんだよね」
「ちっ、六月なんだから雨くらい降るだろうが」
「あっちでは降らないッスよ」
結局、肩を並べて家路を急ぐ。越前の家は俺よりも遠いけれど
ロードワークだと思えば大した距離じゃない。
今週はずっと雨だとか、越前の飼っている猫の話など他愛のない話を
越前が一方的にする形で歩いていく。
「あ、カタツムリ」
突然、越前が紫陽花の上にいたカタツムリを見つけた。
雨の多いこの時期に咲く花は紫陽花くらいなものだろう。
青色の美しい紫陽花がまるで競うように咲き誇っていた。
「こいつらって、冬の間どうしてるんスかね?」
越前がカタツムリを指して問う。
「冬眠してんのかな・・・」
しばらく考えた後、まぁいいやというつぶやきが返って来る。
元々俺の意見などは当てにしていないらしかった。
それに俺もカタツムリの生態に詳しい訳ではないので
答えを出すことなど最初から出来なかったのだが。
「ねぇ、海堂先輩。紫陽花の花言葉って知ってます?」
越前はいつも唐突だ。俺の予想の出来ないところで動いている。
「・・・・・・・移り気、だ」
まるでお前みたいじゃないかと心の中で思った。
やがて話し疲れたのか越前は黙り、無言のまま越前の家に着いた。
「どうもッス」
「今度は忘れるなよ」
「ッス」
「じゃあな」
「・・・先輩!」
越前が呼び止める。伸ばした手で俺を引き寄せる。
抱きしめられて、唇をふさがれて。
耳元で囁かれる、甘い、言葉。
「紫陽花の花言葉、”永遠の愛”っていうのもあるみたいッスよ?」
そしてまた、越前はにっと笑った。
越前の家を出る。庭先には先ほどとは打って変わって
赤い紫陽花が咲いていた。
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2004/06/19
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